古典・古文の問題と口語訳(雨森芳洲『たはれ草』)
もろこし人の物語に、ある人ともだちかたらひて、山のふもとを@とほりしに、この山に虎(とら)ありて、人をくらふ。この虎をころしたるものあらば、十万貫をたまふべしと、榜文たちたるを見て、おほいによろこび、うでまくりなどし、そのままかけあがらむとするを、Aかたへの人ひきとどめ、いのちはをしからずやといへば、Bたからだにもちたらば、いのちは何かをしからむとこたへしとかたりき。おろかなる人のこころざし、まことにをかしき事なれど、たからあつめするものの、人のうらみそしりをもかへりみず、Cさかりて入れば、またさかりて出(い)づる事、いかほども出でき、遂(つひ)にはその身も危ふくなり、家もほろぶるにいたれる、D何かこの物語に異ならむ。
(注) もろこし=昔、日本で中国を指して呼んだ名称。
(注) ある人ともだちかたらひて=ある人が友だちと親しく語り合いながら。
(注) 十万貫をたまふべし=十万貫のお金を授けよう。 (注) 榜文=昔、通達などを板に書き、目だつ場所に掲げたもの。
(注) かたへの人=そばにいる人、仲間。
(1) @の とほりしに は、現代かなづかいでは、どう書くか。ひらがなを用いて書きなおせ。
(2) Aに かたへの人ひきとどめ とあるが、「かたへの人」は、「ある人」がどうなることを心配して「ひきとどめ」たのか。十字以内で書け。
(3) Bに たからだにもちたらば、いのちは何かをしからむ とあるが、これはどういう意味か。次の1〜4から最も適当なものを一つ選んで、その番号を書け。
1 財貨を失ったので、命はもう惜しくはない 2 財貨を得たならば、命は別に惜しくはない
3 財貨を手に入れると、命は当然惜しくなる 4 財貨を失うと、せめて命だけは惜しくなる
(4) Cの さかりて入れば、またさかりて出づる は、「不当な手段で得た財貨は、結局つまらぬ目的のために使い捨てられるものである」という意味であるが、この言葉とほぼ同じ意味のことわざはどれか。次の1〜4から最も適当なものを一つ選んで、その番号を書け。
1 悪銭身につかず 2 柳(やなぎ)の下にいつもどじょうはいない
3 虎の尾を踏む 4 禍(か)福(ふく)はあざなえる縄(なわ)のごとし
(5) Dに 何かこの物語に異ならむ とあるが、この物語に出てくる「ある人」のどのようなおこないが、「たからあつめするもの」のおこないと同じだと作者はいっているのか。次の1〜4から最も適当なものを一つ選んで、その番号を書け。
1 自分の力を過信して、十分な準備もせずに危険を冒そうとする無謀なおこない
2 不確かな情報に基づいて行動して、結局は損をしてしまう軽はずみなおこない
3 人の意見を聞かずに自分の判断だけで行動し、人の迷惑になる勝手なおこない
4 利益を得ることに執着し、本当に大事なものを失いかねない浅はかなおこない
解きましたか?それでは解答です。
(一) とおりしに (二)(例) 虎にくわれてしまう(こと) (三) 2
(四) 1 (五) 4
【現代語訳】
中国の人の話に、ある人が友だちと親しく語り合いながら、山のふもとを通っていたが、この山には虎がいて、人を食べる。この虎を殺した者がいるならば、十万貫のお金を授けようという、通達板が立っているのを見て、とても喜んで、腕まくりなどをして、そのまま山へ駆け上ろうとしているのを、仲間が止めて、命は惜しくないのかと言うと、宝さえ得たならば、命などもう惜しくはないと答えたと言った。おろかな人の考え方は、本当におかしなものであるが、財宝を集めている人で、他人のうらみやそしりを考えることなく、不当な手段で得た財貨は、結局つまらぬ目的のために使い捨てられるものだということであるので、どれだけでも使ってしまい、ついには自分の身も危なくなるし、家も滅びてしまう、この物語とどこがちがうだろうか。